2008年01月27日

●ドライブイン

 ドライブインというと、ファミリーレストランが流行りだす前の外食のメジャーというか、車で出かけた際の食事場所というか、そんな類の、都会では忘れかけた言葉でもある。 さすがに田舎や観光地に出かけるとまだその名残はあるが。

ドライブイン
  ↑1階はレストラン、2階は宴会場

 沖縄のドライブインは、位置づけがちょっと違う。 
 那覇の近郊も含め、沖縄の田舎にはファミレスの類が殆ど無い。 代わりにあるのが、このドライブインである。 メニューは和洋、中華、沖縄料理何でも揃っており、それなりに品質も高い。 管理人の場合は沖縄帰省の際に良く連れて行かれた。 
 代わっているのは、一階が食事処であるが、2階に宴会場があることである。 そして管理人が学生の頃は、その2階で同期会や同窓会などをよくやったものだ。 いなかには広い間取りの居酒屋があまりないせいか、宴会は決まってドライブインだったのだ。
 沖縄のドライブインは意外に生活密着型なのである。 だからこそ、その寿命を存えたのであろう。しかしそのドライブインもジャスコなどの近郊型の大型店が進出により、さびれた感触は否めない。
 沖縄らしい、このドライブイン文化、いつまで持つのだろう。

2007年08月24日

●沖縄のお風呂事情

 今から40年ほど前か?管理人が子供の頃の沖縄の一般家庭には、家の中に「お風呂」なんてなかった。 かといって歩いていけるほどの距離に、銭湯(元々沖縄は家庭風呂の文化で、銭湯文化はない)なんてのもない。 ではどうしていたかというと、大きなお鍋でお湯を沸かし、これを屋外の水場に持って行き、小柄な大人一人が中に入れるほどの「たらい」に入れて風呂湯代わりにするのだ。 もちろん最後は中に入って風呂に入った気分になるのだ。少しゆとりのある家では、マキで焚くお風呂を持っていたりもするが、貧乏人には縁はなかった。
 そんな面倒くさいお風呂なので、風呂に入るのは3日に一回とか、そんな感じ。 しかし、それも時代の趨勢か、段々と新しい技術ができて、とうとう管理人の家にもプロパンガス式の瞬間湯沸かし器が導入されて、湯船式の今のような便利なお風呂場ができた。

 そして、今から25年ほど前に、家の建替えに伴い、家の中にお風呂場ができたのだ。↓
ohuro.jpg

 たぶん、これが今の沖縄の典型的なお風呂場の姿ではないかと思う。 写真ではシャワーが良く映っているが、実はこれがポイントなのだ。 また湯船がやけにチャチに映っているが、これもポイントなのだ。
 沖縄では、たぶん気候のせいだと思うのだが、お風呂は殆どシャワーで済ませるのだ。それもそのはず、年中暖かいので、湯船に浸かる必要性があまりないのである。 また、かつて水不足に悩まされ続けている沖縄県民の節約意識がそうさせているというのもあるだろう。 お風呂にたっぷりお湯を貯めて浸かるなんていうことは理屈に合わないのだ。
 本土からお正月帰省で沖縄に帰った時は、いくら暖かい沖縄といえどもお風呂に入りたくなるが、沖縄の事情を考えるとついつい躊躇してしまう。 しかしサービス精神旺盛な実家のおもてなしに、いつも甘えてしまうのである。


2007年06月15日

●沖縄のトイレ

toire.jpg 沖縄の家のトイレは、大抵がこんな感じだと思います。 
 便座とかタンクはたぶんメーカー製なので本土のそれと変わりないと思いますが、部屋の様子は全然違います。 床と側壁はタイル敷きで、手洗い用の水道が中についています。 床には排水溝も付いていますので、掃除は簡単です。
 なぜ、こんな構造になっているか? それは沖縄の家屋の建築様式の違いに由来すると考えられます。沖縄の家屋は強力な台風に耐えるため、ブロックを積み上げ、コンクリートで塗り固めた形態が殆どです。 お風呂やトイレは、そのコンクリートにタイルを張っただけで仕上げてしまうのです。なので上半分は、コンクリートがむき出しです。 ただむき出しといっても上手に仕上げてペンキも塗っていますので、雑には見えませんが。 沖縄は暖かい所ですので、防寒とか考える必要もないためでしょうか?

 沖縄も今は裕福になり、皆がいい家に住むようになりました。 昔は、トイレといえば、家のはずれにあり、汲み取り式の掘っ立て小屋形式のものが殆どでした。当然電気も付いていないので、夜は怖くていけなかったですね。 トイレの中は見えるし、ウジはいっぱい、うようよしているし、今ではとてもいけたものではありません。 汲み取りも人手をかけてやっていました。天秤棒に桶をかついで、近くの畑の肥溜めまで持っていくのです。 それがまた畑の肥料となるのです。。。 これ以上は止めておきましょう。以上今と昔の沖縄のトイレ事情でした。
 
 

2007年03月13日

●石敢當

 本土から来た観光客が、「沖縄には”石敢當”という名字が多いんだね」という逸話を生んだほど、いたる所に設置されている。  
 至る所といっても、設置場所にはある一定のルールがあるから、設置される場所は決まっている。 即ち通りのつきあたりには、必ず設置されるのある。ただし、つきあたりがアカバナー(ハイビスカス)などの生垣の場合は設置しづらいので、設置されない場合が多い。
 なぜ、通りのつきあたりに設置するのかは、割合わかりやすい。 いわゆるマジムン(魔物)は、まっすぐ直進する性質のものなので、通りを直進してくる魔物を、この石敢當で防ぎ、家の敷地に入ってくるのを妨げるのである。 家の敷地に悪いものが入ってこないための「お札」みたいなものなのです。

ishigantou.jpg  ishigantou2.jpg 

 この石敢當は、各戸が設置するものなので、通りのつきあたりに2軒の家がある場合は、それぞれの家が、それぞれ設置するので、この写真のように2つ設置される場合があるのです。

 石敢當の設置は、忠実に行われており、必要な場所には必ずといっていいほど、設置されている。 かする程度に突き当たっている場合にも忠実に設置されているのだ。 この辺から、沖縄の人の信仰心というのは並大抵でないことが良く分かる。 祖先崇拝含め、この沖縄の心は文明は進んでも、廃れずに大事にしていってほしいと思います。


2007年03月05日

●沖縄タイム

 沖縄には、独特の時間感覚を表す、「沖縄タイム」という言葉がある。 よく使われるのは、約束の時間から一時間遅れて宴会などが始まるだとか、遅れてくるだとかいう類の意味で使われる。 要は時間にルーズな様を表すようだ。 こいうい言葉があると沖縄の人間は、皆時間を守らないように思えてしまうのだが、それは間違っている。

 そもそも、沖縄タイムが発生する場面というのは、時間を気にしなくてもいい時だけなのである。 例えば、仕事が終わって後の宴会や模合*などである。 終電など無いので、終わりの時間は決まっていない。居酒屋はそんなに客は居ないので、2時間制限なんてのも無い。時間はたっぷりあるので、個人個人は一旦用事を済ましてからやってくる。 そしてたっぷり飲んで気分よくなって、体が欲するままに終わっていくのである。 こういう場面には時間はそもそも要らないのである。終わりの時間が無い場面には始まりの時間も無いのである。

*模合(ムウェー):ある仲間同士の毎月一度の会合。月に一度決められた額のお金を積み立てる。お金の必要な人が金利の入札により積立金を受け取る権利を得る。受け取った人は翌月から一定額+一定額の金利を払い続ける。 人数分だけの月数分継続される。 積立金を受け取った人たちが払う金利分が、利息となる。 

 沖縄タイムというのは、そもそも時間の感覚ではなく、時間という概念が無い感覚である。 そこに存在するのは、動物的な時間感覚だけである。 そういう文化が沖縄の守礼の文化である。
 たまたま、約束の時間に遅れたり、結婚式などの宴会が一時間遅れて始まったりなんていうのは、沖縄タイムの場面が間違って起こるアクシデントである。
 
 しかし、そういう管理人も、一度この本土の地にて、沖縄タイムをやらかしてしまった経験がある。友達数人との約束の時間に一時間近く遅れたことがあるのだ。 友達と思って気楽に考えていたのと、沖縄人独自の”なんくるないさ”精神(どうにかなるさ)から来るものだ。 その時は本土の友達みんなが心配してくれて探し回ってくれていた。 本当に申し訳ないことをしたと20年以上経った今でもはっきりと覚えている。 やはり、やらかしてはいけないものはいけないのだ。

 

2006年11月26日

●沖縄帰省

 管理人は、昭和57年の春に「就職」の名の下に、この本土(東京)の地にたった一人で渡ってきた。最初の頃は慣れないせいか、寂しくて、寂しくてしょうがなかった。だけど沖縄の場合は、遠方のため中々里帰りしにくく、ゴールデンウィークや夏休みに里帰りする同僚を見ては羨ましく思ったものだ。
 11月から12月にかけたこの時期は、寂しい心を紛らわす心地よい時期であった。そうです年に一度の沖縄帰省のシーズンなのです。当然年末年始に里帰りするんですが、航空券の手配の関係で2ヶ月前から気合を入れないといけなかったんです。 過去形になっているのは、今は若干様子が異なるからです。
 

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2006年09月11日

●いきなり シーサー

 このブログサイトのトップの画面にシーサーの絵を持ってきた。沖縄の象徴である。 このシーサーは確か沖縄南部にある玉泉洞ハブ公園の園内にあるものをデジカメで撮影したものだあったと思うが、昔風で中々良い。
 今でこそ、お茶目で愛嬌のあるシーサーがいっぱい出てきたが、管理人が沖縄にいた頃のシーサーは、ごっつい顔のものばかりであった。それこそ阿吽の像のような顔つきが普通である。それはそうだ。元々魔よけに使うものだけに、そうでなくては意味がない。
 実は、管理人の湘南にある家にもシーサーが4頭もいる。家を作った時に、魔よけの意味で頂いたものだ。 玄関先に2頭(シーサーは何故か対のものが多い。屋根の上は一頭だけなのに)。駐車場の入り口に向かって2頭。魔物が入ってくるところに置いてある。おかげで泥棒に入られたことがない。(車上盗難には一度だけ入られた。)

駐車場上

耳が...

玄関先 左

玄関先 右

沖縄の瓦屋根のシーサーは、家が古いほど、形が単調である。土をこねて作ったというより、レンガなどを組み合わせて作ったようなものが多かった気がする。 しかしそこに個性があったりする。 お茶目でユニークな今風のシーサーもいいが、古い家の昔のシーサーが今一度見てみたい。